2021年6月、「はねとくも」3号室でOPENした「焙煎珈琲豆店Cell(セル)」。
そこは「さまざまなテーマに沿ったコーヒーを提案するナノ・ロースター」であると
店主のワタナベ ゲンキくんは言う。
生活様式の変化から実現した
〝会社勤めをしながら店舗を持つ〟暮らし。
お店には年齢や国籍を問わず幅広いお客様が訪れる。
謎に満ちたゲンキくんの交友関係や
お店をOPENするまでの経緯、理想の働き方・暮らし方など、
気になるお話をたくさんお伺いしました。
ワタナベゲンキ
ワタナベゲンキ 焙煎珈琲豆店/Cell(セル) 焙煎士/ナノ・ロースター 埼玉生まれ
マイクロよりももっと小規模。だからナノ・ロースター
ナノ・ロースターというのは?
そもそも小ロットでコーヒー豆を焙煎してお店に卸したり、併設のカフェで提供したりする「※マイクロロースター」という概念はあるんです。このCell(セル)をやろうという時にいろいろとお店のテーマを考えてみて、その中で、別に店に卸すわけでもないしマイクロほど大きくはない、もっともっと小規模だと思い「ナノ・ロースター」と定義しました。
※マイクロロースター:小規模焙煎所のこと。明確な定義はないが一般には卸売と小売を兼ねる場合が多い。
新しい言葉?
海外では割と定着しつつあるみたいで、日本でも数は多くないかもしれませんが「ナノロースター」を標榜する焙煎所も増えてきているみたいです。
じゃあ「焙煎士」という呼び方になるのかな?
そうですね。おこがましいかもしれませんが、一応そうなるかと思います。
興味があることを拡張できる空間に引っ越したい
どうして会社員をしながらお店を持とうと思ったの?
僕が勤めている会社は比較的若い会社だったせいか、コロナが流行りはじめて早い段階で上司を含め出社を希望する人が少なかったんです。
リモートワークへの移行もスムーズだったので、これを機に以前住んでいた物件から引っ越そうとしたのがそもそものきっかけでした。
それまでは出社前提の部屋探しだったので「会社」と「住居」アクセスは切っても切れない存在でしたが「このタイミングで引っ越すならそういう制約を度外視したところに引っ越したいな」と考えてました。
おうち探しの基準として、僕の興味があることを拡張できる空間だといいなと思って。その「興味があること」が焙煎だった感じですね。
焙煎はいつ頃から?
もともとスペシャリティコーヒーを提供するようなコーヒースタンドが好きでよく通っていたんです。そういった中で「自分でもお店のようなコーヒー豆を焙煎できないかな?」と2018年くらいから焙煎の練習を始めました。まだまだ試行錯誤の途中ではありますが、ある程度、自分が納得できるクオリティを出せるようになったら「焙煎」をさらに拡張できる空間を持ちたいなと思っていました。
おうちを探す時って内装の素敵さや立地がひとつの基準になると思いますが、僕の場合は「出社の概念がなくなったこと」「趣味をひとつ先のステップに進めたかったこと」があったので、販売もできる「店舗付き住宅」が僕の目に留まったんです。
こういう「ハコ」がなかったら、趣味のまま終わっていたと思います。
他に見ていた物件も「アトリエ付き住居」?
ではなかったですね。「はねとくも」を知って、アトリエ付き住居なんてものがあるんだ!と思ったんですよ。
なかなかクレイジーな物件だと感じましたね。
店舗としても住居としても使っていいみたいなところはあると思うんですけど、一階はアトリエ・店舗で二階が住居。そういうメゾネットは聞いたことがない。
そういった普通じゃない、イカれた物件なら、僕がぼんやり構想していたことが叶えられるかもしれないと思ったんですよね?(笑)
ちなみに他に見ていたのは?
blue studioがリノベーションした蓮根駅にある「Green Yayoi」を内覧しました。
元々ヨガのインストラクターの方がスタジオにしていた物件でしたが、その時はそこでお店をやろうなんて発想はなかった。
単純に「素敵な内装だな」と検討はしていましたが、いい部屋に住むだけならもうちょっと年齢を重ねてからでもできるなと思ったし、どうせなら何か規格外のことをしたいなと思ったのはありますね。
他にイカれた物件はなかった?
ほとんどなかった。「はねとくも」はほぼ即決でしたね。(笑)
Cell(セル)は自分が元気になれる実験場
会社員と焙煎士。ゆくゆくはどちらかに軸足をという考えなのか、そういう感覚ではないのかな?
軸足は今の仕事にあります。
というのも、今の会社は創業時から携わっていて、みんなで会社を成功させたいという気持ちがあるんです。
今の会社にはどういうきっかけで入ったの?
大学在学中に今の会社がTwitterでライター・編集者のインターンを募集していたんです。
少しライティングの知識があったので無事インターンとして採用していただいたんですが、翌日には正社員としてお声がけいただいてました。(笑)
大学では何を専攻していたの?
国際関係学部というところでメディアやマスコミニュケーションについて学んでいました。
大学にはちゃんと通ってたんですけど、大学のシステムを全く把握してなくて(笑)。
ずっと単位と関係ない心理学の授業をとっていたら進級できなくなってしまい、
「あっ!?これ4年になれない。」
と気づいたら大学に行かなくなってしまって。
フリーランスをやっていたワケじゃないんだ?
そうですね。そもそも就職なんかするつもりはなかったんです。全然働きたくなかったので(笑)。
色々なことをやりましたけど、今の会社がいい人ばかりで「ここでなら働いていいかな」と思たんです。
いわゆる「スタートアップ」と呼ばれる規模の会社で、立ち上げ当初はお給料もほとんどなかったんですけど、みんな自分たちの事業の将来的な成功を見据えて人生をフルベットしているんですよ。
人生単位のでっかいパチンコ台に座っているようなものですね(笑)
最近は会社も少し安定してきたので、生活が変化し始めたこのタイミングなら、いろいろ始められるかな?という思いがありました。
コーヒーで「トップを取る!」というより、趣味の拡張という感じかな?
そうですね。やっぱり今の会社に軸足はありつつも、自分の人生なのでやりたいことをやりたいんですよ。
人生を「働く」ということだけに縛られたくない。
コーヒーだったりとか、他のアートワークだったりとか、何かを発表していく作品作りの場みたいな感じでやっています。
アトリエは「モノを売って対価を得る」というより、作品の制作や展示をしていくためのギャラリーのような場所といった感じかな? ゲンキくんが元気でいるための場所というか?
そうかもしれないですね。ただ〝僕が元気でいるため〟を前面に押し出してしまうとモチベーションが続かないとも思っています。
というのも、僕をとりまく環境に対して何かしらの意味のあることが重要だと思っていて、僕個人が楽しむよりみんなが楽しめる形にして発信していきたいなという感じです。
一人でやるだけだったら単純にコーヒー豆を焙煎してパッケージを作って終わりなんですが、みんなに受け入れられやすい形を模索して「瓶にしてみる」という工夫をしてみたり…
そういったチャレンジをCellを通してしていった感じです。
アトリエはゲンキくんにとって「実験場」なんだろうね?
そうかもしれないですね?
販売させていただいているコーヒー豆もベータ版の意味を込めて「OpenBeta(オープンベータ)」という名前ですし、ある意味全部が壮大な実験というか(笑)。
Cellでの販売やマルシェでの体験を通して「コーヒーが街の一角で求められているものなんだ。」ということが確信になりました。
コーヒー豆を買うってKALDIで十分じゃないですか。(笑)
でもそうじゃないお店があっても、ちゃんと成立するんだなとわかったのは一つの検証結果だったなと思います。
職住一体の◯と✕
仕事と暮らしが一緒になった生活はどう?
リモートワークの◯と✕みたいになっちゃうかもしれないですけど、働く時間と生活している時間が全部一緒なので、そこの区切りの部分で功罪はつよく感じますね。
強い自律の心がないと終わりなくずるずる仕事しちゃうし、反対にずるずる休めちゃう。
逆にアトリエはゲンキくんの妄想を表現するギャラリーと捉えると分り易いのかな?
そうですね。日中働きながら空想していることを「アトリエ」で表現するというか…
空想したものをカタチにしてみたら、結果としてお店をはじめていた感じですかね?
今言われてそうだなと思いました。(笑)
戸田市の決め手は埼京線の便利さ
戸田市にはどんなイメージを抱いてた?
元々お隣りの和光市だったので、親近感はありました。北戸田のジャスコとか?(笑)
姉の友達も戸田にたくさんいたので、馴染みのある町でしたね。
埼京線がものすごく便利でいいなっていうのはありました。
看板建築というコンセプトに向き合ったお店作り
店舗を作る際に参考にしたお店ってあるの?
僕、「ツバメアーキテクツ」が好きなんです。なのでお店を作る時はツバメの作品を中心に色々見漁りました。
お店を作り込んでいこうという時に、なるべくコストを抑えてカロリーを少なくしたいなと思っていて。(笑)
そんなツバメの作品事例の中でも旬八青果店の内装は影響を受けましたね。
なるほど。あれは「引き算」のデザインだよね?
はい。あのデザインが僕のイメージとも近かったんです。
「はねとくも」は生活と店舗が一体になっていて、Cellの場合は店舗部分の奥がパーソナルな生活圏内になっています。
そのつながりをうまく切り分けるにはどうしたらいいかなと思っていたら、ツバメが手掛けたあの八百屋さんはカウンターとのれんが一体になってる。
のれんがすごく印象的だったよね。
道路に面したシンプルな箱の中に、ドンとのれんを掲げた屋台のようなカウンターを入れることでお店であることを主張しつつも、倉庫などの「見せない部分」は板貼りの壁で隠れている。
そうすることで1つの箱に「お店」と「それ以外」の空間を同居させることができるんだと思い参考にしました。
あとは下北沢の「BONUS TRACK」の中にあるカレー屋さん。
あれはまさに僕のお店の中にもある看板と屋台が一体になったみたいなカウンターの元ネタですね。(笑)
インタビューするまでそんなに建物に興味があると思わなかった。タダモノじゃないね。(汗)
完璧にできてるわけじゃないんで大したことはないですよ。(笑)
最初に看板建築という「はねとくも」のコンセプトを聞いたときも「建物の思想を店舗の内装としても取り入れないといけない!」と思ったんです。
そうした点に真摯に向き合わないと、建築全体の意向と逸れちゃうかなと思って、僕なりに内装を考えていました。
そこまで深く考えていたとは…
本当はもっと内装を作り込んで、やりたかったことを全て表現したかったのですが…
次にチャレンジする時は本気を出したいと思います。
はねとくもの看板建築のコンセプトがあったからこそ、僕もそこに沿って考えていこうって一本の柱となったし、ただおしゃれな感じってだけだったら、気分が乗らなかったと思います。
「はねとくも/気まマルシェ」がハブとなった出会い
ササクレクトの久嶋さんとは「気まマルシェ」がきっかけだったよね?
はい。初対面が気まマルシェでした。
マルシェに来ていた久嶋さんを、河邉さんからご紹介いただいたんです。
「ササクレクト」というレーベル自体は知っていましたし、ツイッターではKussyというアカウント名で活動している方ということも知っていました。
(※ササクレクトWebサイト http://subenoana.net/)
とはいえ接点があったわけではなく、インターネットで一方的に認識しているだけという感じだったので、まさかこんな近くで会えるとは思いもよりませんでした。(笑)
そこで僕からも近しい音楽の話とかをしていたら、久嶋さんも興味を持っていただいた感じでした。
気まマルシェがご縁で、久嶋さんから仕事の依頼をうけているんだよね?
はい。そうです。アーティストさんの楽曲のアートワークデザインのお仕事をたまにお手伝いさせていただいています。
完全に「はねとくも」あっての出会いでしたね。
ゲンキくんは多彩だよね。「言葉」「音楽」「造形」「イラスト」ありとあらゆる表現方法で想いを表現できるから。(笑)
僕チャレンジングな姿勢だったり、タブーに踏み込んでいくのがとても好きなんです。
座右の銘と言ったらあれですけど、タブーにチャレンジすることをすごく大事にしているんですよね。
みんながあまりやらないことって、実はたくさんあるじゃないですか?それってまだその価値に気づいていなかったり、踏み込んでいかないだけで「その選択自体が当たり前になるかもしれないのに。」と常に思っているんです。
「はねとくも」も看板建築という時代に逆行したチャレンジをやっているワケじゃないですか?
やっぱりイカれた人たちだなと思って。(笑)
自分が創造したものをアウトプットしていくことが理想の一つ
ゲンキくんが目指す、働き方や暮らし方の理想って?
究極は「働かない」が理想です…(笑)
でも自分が創造したものを何らかの形でアウトプットしていきたいというのが理想の一つではありますね。
それが結局、いまの仕事に結びついているんだろうね。働いているって感覚がないんじゃない?
働いている感覚でやっていたらとっくに潰れている気がします。(笑)
暮らし方も、自分の考えていることをうまく発露していきながら、それがアーカイブとして残っていくようなのがいいなあと思ってます。
珈琲豆の焙煎も「目的」ではなくて「きっかけ」の一つなんだろうね?
そうですね、いろいろやりたいことがあるんです。自分の考えを形にできればフォーマットはなんでもいいんです。
それが小説でも音楽でも絵でもいいし。その一つが珈琲の焙煎だった。
だから「どこどこの豆を焙煎したシングルオリジンです」ではなくて、さまざまなテーマに沿ったコーヒーを扱うCellのコンセプトはそういうところにあるんです。
たまたまコーヒーの焙煎に挑戦していたからコーヒーで表しているだけで、もはやサプリメントとかでもいいなと思ってるんですよ。(笑)
コーヒーを突き詰めるというより、どの場面に合うコーヒーを提供するかという感じ?
まさにそんな感じですね。
コーヒーをおいしく淹れてくださるお店もいっぱいあるし、「この豆が一番いいですよ」といった提案をしてくれるお店もあると思うんですけど、僕はそこから具体的なコンセプトやテーマを切り出して、「こういう時にはこれがいいですよ」とラベリングして届ける実験をしている感じです。
人って「こういうものですよ」ってラベリングして何かを渡されると「あっそうなんだ」って受け入れる傾向があると思っていて。
例えば、酸味の立った浅煎りのコーヒーを映画観賞用珈琲豆として販売してみる。
実際、映画とその酸味の相性に紐付けがあるわけじゃないんですけど、そのギャップを補完するようなストーリーを添えてラベリングすれば、そういうものだと受け入れられると思っているんです。
そういうラベリングの力を検証したい気持ちはありますね。
今後の目標、展望を。
本当はここ「はねとくも」で完成形をお見せしたかったんですが、個人的な事情もあってここを引き払うことになってしまったので…
でも、内装などを含めまだまだ試したいことや実証したいことがたくさんあるので、タイミングをみてまた動き出していきたいと考えています。
***
諸々の諸事情により「はねとくも」を卒業することになったワタナベゲンキくん。
「退去したらおしまい」というこれまでの賃貸物件のルールにとらわれたくなくて、引っ越しの連絡をもらってから急きょインタビューをお願いしました。
ゲンキくんがここにいたという軌跡をどうしても残しておきたくて…
更にアップデートしたゲンキくんにまたインタビュー出来る日を、楽しみに待っています。
Cell Webサイト
はねとくもWebサイト